2015年8月5日水曜日

アリの通貨とキリギリスの通貨に分裂する

ユーロ現状維持のもう一つの条件は、各国の政府が持っている権限のかなりの部分をEUが奪うことだ。今のように中央の持つ権力が中途半端のままでは、ヨーロッパ全体をまとめていくことは困難である。ユーロが今後長い期間にわたって基軸通貨として世界中からの信任を集めていくためには、全体を統括する中央集権的政府があって、それがその通貨を支える仕組みになっていくことが必要となる。一言でいうと「EUがアメリカ合衆国のようになる」ということだ。

しかしこれには各国の抵抗が大きい。特にドイツやフランスのような国が、そうやすやすと広範な分野(財政、外交、法律など)で自国の権力を手放すとは思えない。それに、それは今までヨーロッパ各国が長年守ってきた歴史、文化、宗教などの伝統を失うことにつながる行為でもある。「真の意味でのヨーロッパ統一」というのは言うは易く行うは難い、ということの典型だ。そしてこれが、現在の金融危機の遠因でもある。ここのところがクリアできないと、統一通貨ユーロが名実ともに長きにわたって世界の基軸通貨として活躍し続けることはできないと思われる。

次に、統一通貨を維持することができず、ユーロが二つに分裂する、という可能性が考えられる。ドイツを中心とする比較的健全な国々と、ギリシャなどの弱い周辺国とで別々の通貨を使うようになる、ということである。これには二つの方向性が考えられる。一つは、ドイツを中心とする「アリ」の国々が「強者連合」を作るということだ。ドイツやそれに準ずる強国が「もう弱い国を助けるのはまっぴらだ」あるいは「インフレとなるリスクの芽を摘もう」ということで、新しい通貨(例えば新ドイツーマルク)を発行する。すると、そこに入れなかった国は対抗して「弱者連合」の通貨(例えば新ユーロ)を作るというシナリオだ。

もう一つは、それとは逆方向の動きで、ギリシャやスペインなどの国々がまずユーロから離脱する。理由としては、ユーロの使用に厳しい基準(財政赤字の制限など)が設定されてそれに合致できない、といったことが考えられる。そしてそれらの国々が一緒になって新しい通貨(例えば新ユーロ)を作る。一方で、ドイツを中心にするグループが現在のユーロを継続する、ということだ。いずれの場合も、強者連合(アリ)の通貨は安定性を持つものになるであろうが、弱者連合(キリギリス)の通貨は外国為替市場でかなり安く評価されるようになる可能性が強い。

キリギリスにとっては今までせっかくドイツと同じグループに入って信用力が増したのに、それを失うことは損失という面もあるが、「通貨が安くなるので輸出に有利になる」というプラス面も生まれる。私はこのシナリオがベストだと思う。きれいに「アリの通貨」「キリギリスの通貨」というふうに分かれるかどうかは別にして、アリとキリギリスが異なる通貨を使うようにすることは、中長期的に見た場合に必要なことだろう。逆に言うと、彼らが同じ通貨を使っていくと、いずれ今回のような問題が再発する恐れが高いということだ。