2015年3月5日木曜日

円高後の企業のリストラクチャリング

内需をめぐる国内企業の競争に目を向けてみよう。円高後、日本の市場では、業種の垣根を越えた競争が展開されるようになった。それは、企業の「リストラクチャリング」によってもたらされた。

円高後の相対価格構造、需要構造、産業構造の変化に対応して、企業はそれまでの事業構成を積極的に組み替え始めた。これがいわゆるリストラクチャリングである。こうした動きはほとんど全業種にわだってみられるが、とくに目立ったのは、鉄鋼などの素材型産業であった。

円高の中で、本業分野の将来性に限界が目立ってきたからである。進出分野としてぱ、新素材、バイオテクノロジー、マイクロエレクトロニクス、情報・通信、レジャー関連などが目立っている。リストラクチャリングは「経営の多角化」だともいえるが、それまでの単なる多角化とは次のような点で違いがある。

第一に、従来の多角化が、本業に追加的、派生的な事業を加えようとするものだったのに対して、円高後のリストラクチャリングは、本業そのものを見直そうとしていることだ。鉄鋼業のように、本業そのものの比率を積極的に引き下げることを目標とする例も多い。鉄鋼大手五社(新日鉄、NKK、川崎製鉄、住友金属、神戸製鋼)は、それぞれ非鉄鋼部門の売上げを、多いところでは50%超までもっていくことを目標としているという。いわゆる「脱本業化」である。

第二に、従来の多角化が、基本的には内部資源活用型だったのに対して、近年のリストラクチャリングは、外部資源も積極的に活用しようとしている。戦略的に重要な分野であれば、外部企業との提携、技術の調達、人材の当用をはかる例が増えている。進出分野が多様化し、商品のライフサイクルが短期化するにつれて、企業内で蓄積された人材・技術では対応しきれず、蓄積・養成をはかる時間的余裕がなくなってきたためである。

第三に、従来の多角化が、既存の生産過程から生み出される副産物の商品化が中心であったのに対して、近年のリストラクチャリングは、既存の情報、技術、ノウハウ、顧客、流通などを生かして、幅広い展開をはかるようになっている。

興味深いことに、日本の企業は海外の企業よりも、既存事業の成熟意識が強く、圧倒的にリストラクチャリング指向的である。経済同友会のアンケートによると、日本の企業は、「本業分野が成長期にある」と認識しているのは26.2%、「成熟化している」と考えているのが、70.8%もあるのに対して、アメリカは、成長期にあると考えるのが39.4%、成熟期と考えるのが56.3%となっている。

企業の経営目標でも、「新製品・新事業比率の拡大」をあげた企業が61%であるのに、アメリカは11%である。また、中期的経営戦略の順位付けでも、「多角化戦略」は日本の企業は3位だったが、アメリカは8位である。

日本の企業は、従来の事業基盤が動揺したとき、簡単に経営を譲渡したり、経営規模を縮小したりせず、これまでの従業員をできるだけ活用して企業としての存続をはかろうとする意識が強いからであろう。または、従業員ぐるみで企業としての存続をはかろうとする意識が非常に強いので、既存の事業基盤の将来をかなり慎重に見守っているということでもある。

こうした企業行動によって、「業際化現象」が進行している。これは、業種の垣根が小さくなり、異なった産業に属していた企業同士が競争するようになるという現象である。公正取引委員会の調査によって、主要企業の売上げに本業分野での売上げが占める比率(売上高本業比率)をみると、全業種平均で79年度の86.7%から86年度には80.1%に低下しており、「業際化」の進展を示している。これに子会社を含めると、売上高本業比率は、86年度で62.2%まで低下する。

では、こうした「業際化」が急速に進展してきたのはどうしてだろうか。これには次のような理由がある。まず、「規模の経済性」よりも「範囲の経済性」の追及がさかんに行なわれるようになってきたことを指摘できる。

「範囲の経済性」というのは、複数の生産物を各々別分野の企業で生産したときの総費用よりも、一社が複数の生産物をまとめて生産したときの総費用のほうが低いことをいう。こうしたことが生ずるのは、生産プロセスの中に、いろいろな生産物に利用できる「共通生産要素」が存在するからである。情報、技術、ノウハウなどがそれである。

例えば、情報はいったん入手してしまえば、何回使用しても追加的なコストはかからない。したがって、活用する分野が多ければ多いほど有利となる。これは技術も同じである。経済のソフト化にともない、情報、技術といったソフト化の進行は「業際化」を促すのである。

技術革新の進展も既存の産業の垣根を取り崩す役割を果たす。例えば、電子技術、液晶技術の発達で、従来とはまったく違った技術で時計が作れるようになったため、電機メーカー、計算機メーカーが時計産業に参入するという現象がみられた。

国際競争力の変化などによる産業構造の変化が、既存産業の「成熟化」を促すことも重要な点だ。前述のように、日本の企業は、従業員込みでの企業としての存続成長をはかろうとする傾向が強いから、すでにある経営資源(設備、顧客、技術、人員、土地など)をできるだけ活用して新分野への進出をはかろうとするのである。

以上のような「業際化」を促す諸要因は、いずれも円高によってさらに強まったといえる。円高によって国際競争力は大きく変化し、ソフト化への流れが強まった。新技術も積極的に導入された。そして何よりも、産業構造の変化が進み、輸出依存型の産業、知識・技術集約度の低い素材型の産業では成熟意識が強まった。

円高によって「業際化」のテンポはさらに加速し、それが業種の垣根を越えた競争を一段と活発化させることになったのである。