2015年12月4日金曜日

労働者のQCサークルに対する意識

日本人には、それがなじまない。アメリカ人ほどプロ意識が強くはなく、各自の仕事の責任範囲もあいまいである。ただし、職場の小グループへの帰属意識は強いから、グループとして仕事の責任をはたし、他のグループに笑われないようにすることには、非常に気を使う。だから作業のやり方を教え合ったり直し合ったりすることこそ、グループの一員として当然の責任である。班長も、それで権限をおかされたなどとは思わないのである。一言で言えば、アメリカの企業は個人責任制であり、日本の企業はグループ責任制である。

そのグループ責任制にもとづく日本的生産管理の方式が、一九五〇年代の末から姿を現しはじめた。それがQCサークルである。QCとは品質管理のことであるが、本来は技術者の仕事で、抜き取り検査によって、製造された一群の製品の寸法などを改めて測定し、設計目標からのわずかのずれの分布をグラフに表して、製品の品質がどれほど確保されたかを調べるのである。欠陥製品の割合もそれで分かる。このグラフは管理図と呼ばれるが、管理図を子細に検討することによって、製造工程のどこで、なぜ欠陥製品が生じたかも見当がつく。

日本では、職場の労働者が勤務時間後の自主的なサークルとして、このような品質管理を勉強し、自分たちの職場の作業にも、応用しはじめた。それはボランティア活動で、会社の命令によるものではなかった。しかし日本の企業としては、思わざる収穫である。職場の作業員が自分たちの作業の結果を科学的に検討して、自分たちの作業の改善に取り組みはじめたのであり、しかもそれは企業に対する無料の奉仕のようなものだからである。

労働者としては、自分たちの作業の全貌が初めて正確に分かり、自分たちの技術的能力が向上したことを実感して、今までにない仕事の充実感を覚えたのであろう。日本人の職人的性格がそうさせたとも思えるが、QCサークルは日本の企業に急速に広がった。企業は金は出さないが、サークルの会場を提供したり、必要とあれば講師を斡旋したり、レポートの印刷費を負担したりして、間接的な援助にっとめた。一九六三年に仙台市で、第一回の全国QCサークル大会がひらかれた。

2015年11月5日木曜日

ニューヨーク証券取引所の時価総額を追いこしている

おそらく米国は二、六〇〇億ドルを超す負債超過として、債務国の深みにはまりこみ、英国は一、〇〇〇億ドル見当の、西独は七〇〇億ドルほどの純資産の債権国家である。もうひとつの数字は、六二年四月末現在の東京証券取引所第一部時価総額四一六兆円である。すでに世界最大の証券取引所であるニューヨーク証券取引所の時価総額を追いこしているのである。現在の日米経済の関係を二言で表現するのはむずかしい。まず、基本的に敗戦後から現在までの繁栄の基礎は米国の温情と庇護である。そうでないというなら、ソ連掌握下の東欧諸国の現状と対比してみれば一目瞭然である。もちろん、米国の対アジア政策という冷徹な方針もある。しかし、次第に狼の子は育っていく。肩幅も広く、筋骨たくましくなってくる。その言動も不逞となり、米国と対等づきあいをしたがる。現実に経済の面ではすでに米国を支えるまでになってきている。

ユーロCD、FRNの短期証券化、ユーローノート、短期調達ファシリティの一般化などによってユーロ短期証券市場が漸次確立してきた土壌があったこと、短期証券ファシリティと異なって銀行による引受けコミットメントはないので、逆に手数料も低廉で、関係銀行にとっても前記の当局自己資本ならびにリスターアセット両規制にふれないため自由な発行が保障されていること、投資家層も短期証券の取扱いに習熟してきたことである。

NIF、RUFのように多数の銀行団による中長期資金供与保証枠設定が不要であるため、機動的発行が可能であり、またそのような長期保証が本来不要ではあったが、従来からNIF等を利用してきた優良発行体がユーロCPヘシフトしてきたこと、短期資金しか資金ニーズのない優良発行体のユーロCP市場参入シフト、米国でCPを発行している企業の金利裁定、調達手段の多様化、一九八〇年代に入り銀行預金の絶対的信頼度の低下、米国CP市場の活況の影響などがある。

ユーロCPの発行体は政府・政府機関、優良企業等で、国籍は大半が先進国の知名度の高いものが選ばれている。現在、よりいっそうの拡大をめざして格付け、発行様式統一化、流通市場の育成、決済方法の定型化などの動きがあり、すでに英、フランス、オランダ、デンマーク、日本が国内金融市場商品として発行を認められている。今後、短期・低利の資金調達源の中心をなす金融手段として引続き積極的な利用がみこまれている。

2015年10月5日月曜日

アメリカ経済の「好調ぶり」

一九九八年四月、アメリカの株価はついに九〇〇〇ドルを超えた。九八年第1四半期のGDP成長率(年換算)は四・二%を記録し、失業率は四・三%(九八年四月)という「驚くべき低水準」(『アジアーウォールーストリートージャーナル』5月11日付)となった(九〇年代における失業率のピークは九二年の七・五%)。物価の安定をけじめ、アメリカ経済の好調ぶりを伝えるデータは数多く、それらを根拠に、アメリカ経済は景気循環と無縁という強気の「ニュー・エコノミー」論が台頭している。しかしながら、一方で、バブル崩壊を危ぶむ不安も、拭いがたく囁かれている。

考えてみれば、アメリカ経済の経常収支赤字(九六年一三四九億ドル、九七年一五五二億ドルという大赤字)は累積し、世界最大の債務国という性格は依然として続いている。にもかかわらず、基軸通貨国という「特権」によって、アメリカは、アジアの債務国が強いられる調整策から免れ、景気拡大を謳歌している。

その上うなアメリカ経済とは対照的に、デフレ不況の性格を強める日本は、内需不足と外需依存に起因する経常黒字を、アメリカに資本還流させ、アメリカの貯蓄不足を支える立場を余儀なくされ続けている。二一○○兆円を超す膨大な日本人の貯蓄が、アメリカの低貯蓄率だけではまかなえないアメリカの巨大な資金需要に惹きつけられている。先に述べたように、九七年に高まった日本の信用不安によって、ますます日本の資金はアメリカの赤字を支える傾向を強めている。

世界最大の債権国(日本)が不況に呻吟し、世界最大の債務国(アメリカ)が加熱気味の好況を謳歌するという奇妙な関係はこれからも続くのだろうか。しかも、不況で過剰気味の日本資金が、好景気を謳歌するアメリカの金融資産を買い支えている。その中心にアメリカの好調な株価があるわけだが、ダウが九〇〇〇ドルを突破した辺りから、「不安説」も繰り返されている。市場心理として、加熱感が不安を加速させれば、未曾有の暴落が襲ってくる懸念も否定できない。この不安は的中し、九八年八月末には史上第二位の下げ幅を記録した。

今後の行方を占う一つの鍵は、株価高騰を支えてきたミューチュアルーファンド(株式型、債券中心型、それに短期金融商品型の三種を主とする投資信託)の帰趨にかかっていると言っても過言ではない。換言すれば、アメリカ社会におけるミューチュアルーファンドの中核的担い手である中産階層の貯蓄・消費事情に依存することになる。そしてそれは、後述のごとく、つきつめていけば、アメリカレードリームの浮沈如何と大きく関わってくることになるのである。

2015年9月4日金曜日

集団的自衛権の不行使、武力行使の否定

第九条は、侵略戦争が自衛や制裁の名のもとに行われてきたという歴史的反省に立って、あらゆる正当化を排除する原理を宣言した条文だったとも言える。そこから派生してきた概念が、個別的自衛権の限定であり、集団的自衛権の不行使、武力行使の否定という諸制限だった。第二期の軍拡時代に、その制限は次第に緩和される方向にむかったが、冷戦後の第三期において、その流れをさらに緩和する必然性はまったくないだろう。それと同時に、憲法前文、第九条の趣旨に照らせば、軍縮を指向する姿勢こそが、戦後の日本の出発点であり、使命であったことを忘れてはならないだろう。これでは「普通の国」と言えるだろうか、という疑問は出てくるかもしれない。確かに、軍事力を自明の権利として主張しない点では「普通」とは言えないだろう。

だがそのことが、独立国の尊厳を否定するわけではもちろんない。軍事大国の可能性を絶って、新たな平和理念を確立することを、使命として一度は引き受けた国が、冷戦後の不安定な情勢でどう初心を貫いて生きていくのか。憲法第九条をめぐる議論で、一点だけ醒めた目で見続けなくてはいけないのは、そこにしかないように思われる。しかし、過去において、この三原則には序列があったと思われる。それは、まず米国を中心とする「自由主義諸国との協調」が優先され、それに反しなければ「国連」の動向に従い、最後にこれらの原則と両立することを前提に「アジアの一員」としての立場を堅持する、という順位だ。これは例えば、中国の代表権をめぐる国民政府支持の立場を取って表れ、カンボジア内戦を通して日本が取った政策にも通じている。

2015年8月5日水曜日

アリの通貨とキリギリスの通貨に分裂する

ユーロ現状維持のもう一つの条件は、各国の政府が持っている権限のかなりの部分をEUが奪うことだ。今のように中央の持つ権力が中途半端のままでは、ヨーロッパ全体をまとめていくことは困難である。ユーロが今後長い期間にわたって基軸通貨として世界中からの信任を集めていくためには、全体を統括する中央集権的政府があって、それがその通貨を支える仕組みになっていくことが必要となる。一言でいうと「EUがアメリカ合衆国のようになる」ということだ。

しかしこれには各国の抵抗が大きい。特にドイツやフランスのような国が、そうやすやすと広範な分野(財政、外交、法律など)で自国の権力を手放すとは思えない。それに、それは今までヨーロッパ各国が長年守ってきた歴史、文化、宗教などの伝統を失うことにつながる行為でもある。「真の意味でのヨーロッパ統一」というのは言うは易く行うは難い、ということの典型だ。そしてこれが、現在の金融危機の遠因でもある。ここのところがクリアできないと、統一通貨ユーロが名実ともに長きにわたって世界の基軸通貨として活躍し続けることはできないと思われる。

次に、統一通貨を維持することができず、ユーロが二つに分裂する、という可能性が考えられる。ドイツを中心とする比較的健全な国々と、ギリシャなどの弱い周辺国とで別々の通貨を使うようになる、ということである。これには二つの方向性が考えられる。一つは、ドイツを中心とする「アリ」の国々が「強者連合」を作るということだ。ドイツやそれに準ずる強国が「もう弱い国を助けるのはまっぴらだ」あるいは「インフレとなるリスクの芽を摘もう」ということで、新しい通貨(例えば新ドイツーマルク)を発行する。すると、そこに入れなかった国は対抗して「弱者連合」の通貨(例えば新ユーロ)を作るというシナリオだ。

もう一つは、それとは逆方向の動きで、ギリシャやスペインなどの国々がまずユーロから離脱する。理由としては、ユーロの使用に厳しい基準(財政赤字の制限など)が設定されてそれに合致できない、といったことが考えられる。そしてそれらの国々が一緒になって新しい通貨(例えば新ユーロ)を作る。一方で、ドイツを中心にするグループが現在のユーロを継続する、ということだ。いずれの場合も、強者連合(アリ)の通貨は安定性を持つものになるであろうが、弱者連合(キリギリス)の通貨は外国為替市場でかなり安く評価されるようになる可能性が強い。

キリギリスにとっては今までせっかくドイツと同じグループに入って信用力が増したのに、それを失うことは損失という面もあるが、「通貨が安くなるので輸出に有利になる」というプラス面も生まれる。私はこのシナリオがベストだと思う。きれいに「アリの通貨」「キリギリスの通貨」というふうに分かれるかどうかは別にして、アリとキリギリスが異なる通貨を使うようにすることは、中長期的に見た場合に必要なことだろう。逆に言うと、彼らが同じ通貨を使っていくと、いずれ今回のような問題が再発する恐れが高いということだ。

2015年7月4日土曜日

組合批判は昇給ストップへの道

東義二さんは、告訴に踏みきった。彼とおなじように組合への反対を表明し、やはりおなじようにつるしあげをうけていた、四九歳の小宮高樹さんもそれにくわわった。東さんは、鹿児島県の奄美大島出身で、工業高校卒業と同時に入社した。地方の高校から、一流企業にはいれたとはいうものの、職場では労働組合か率先して合理化に協力し、それに批判的な意見を表明した同僚が昇給、昇進の道をとざされるのをみて、しだいに疑問を感じるようになっていた。

一九七七年春、やはり賃闘のとき、賃上げ額が低すぎるとして組合方針に反対した彼は、翌週から夜勤業務からはずされる仕打ちを受けた。自動車労働者にとって、夜勤、昼勤と一週間ごとに繰り返される勤務形態は、睡眠不足と胃腸障害をもたらすものであるとはいえ、それによって辛つじて当たりまえの生活ができるようになっているのである。三万円ほどの減収となって、東さんは職制にたいして、夜勤の継続を要請した。「組合に反対すれば、夜勤がとり消されるのはあたりまえだ」職制は平然と答えた。

日産ばかりではなく、トヨタ自工でもそうなのだが、組合に反対すれば職制に怒られ、会社を批判すれば組合役員に怒られる、という状態が日常化している。つまり、自動車工場では、職制と組合役員は同一人格なのである。怒られるばかりでなく、昇進に影響し、昇給と一時金の査定にたちどころにはね返る。このシステムによって、職場では物言えぬ情況が蔓延する。

しかし、トヨタでは、わたしの知っているかぎりでは、リンチ事件は発生していない。かつて、トヨタ系の日野自工で、会社批判のビラをまいた労働者かリンチを受け、解雇された例(藤川事件)があるが、トヨタ本社には、労働者は完全に制圧した、とする自信があるようである。トヨタには、職業病闘争をすすめている少数派が存在しているが、リンチ事件は発生していない。そこに、豊田自動織機の子会社として農村部に立地し、余剰労働力としての二、三男を吸収して成長してきたトヨタの歴史と、プリンス自動車などを併合して膨張してきた金融資本としての日産コンツェルンとの体質のちがいがあるようにわたしには思える。

いわば純血種のトヨタの自信と、都会にあって雑多な労働者を統合しなければならない日産の不安との差でもあるようなのだ。日産での暴力行為は、六六年八月の日産のプリンス自工の吸収合併のあと労組を完全に統合することに失敗し、反対派としての全金プリンス支部の独立を許してしまって以来の、伝統ともいうべきものである。このとき、全金プリンスの拠点となった村山工場では、川口工場とまったくおなじような集団つるしあげが続発していた。

2015年6月4日木曜日

事なかれ主義

私が取材した社内失業者でも、ちょうど当てはまる人物がいた。青野洋二さん(30歳)は、IT企業で広告営業(自社のWEB媒体等に掲載する広告の契約を取る営業)として働いている。「私の営業部の課長は、自分以外の誰かが成果を上げたり、社長に好かれたりすると、『あいつ調子乗りやかって』つてことで、不機嫌になつちゃうんですよ。当時は転職してきたばっかりで、もちろんそんなこと知りませんでした」と語る。本来ならば協力して利益を生み出す関係の上司と部下でさえも、嫉妬ややっかみによって足の引っ張り合いになることの典型である。もう少し詳しく、様子を見てみよう。「むしろ最初は、課長も『頑張って一緒に売上を上げよう』なんて言ってたんです。私も、結果を出そう、頑張ろう、つてことで毎日遅くまで残って仕事してたんですよね。

そういうのを社長がたまたま見てたみたいで、『あいつは入ったばっかりなのによく頑張ってる』つていうことをしょっちゅう朝礼なんかで言ってて、僕も嬉しいですから頑張るわけです。あるとき、大口メーカーの広告を一件取ることができたんですけど、そのあたりからどうも、課長の態度が冷たいな、ぐらいには思ってたんですけどね。そんなある日、何人かで飲んだ帰りに駅のホームで二人きりになったときに、いきなり胸ぐらをつかまれたんです。『俺を出し抜きやがって、地獄見せたるぞ!』つて。『社長の期待も背負って、大変だよなお前は。いい気分で酒なんか飲みやかって』とか言うだけ言って、パーツと帰っちゃった。その後も、帰りの電車からメールを送ってくるんですよ。『お前みたいな奴が社長に評価されるなんておかしい』『ありもしない俺の悪口を社長に吹き込んでるだろ』みたいな。

その事件以来、こちらから話をしても全然取り合ってくれなくなっちゃった。話しかけても、まともに返事もしない。『外行ってきます』『え?なに?俺に言ってんの?あっそう』みたいな。『お前みたいに信用できないやつとは話したくもない』つて面と向かって言われましたからね。一応営業ですから、外も回れますし完全に暇、つていうわけじゃないんですが、転職してきたばかりなのにお客さんの引き継ぎもないし、情報も一切回してくれなくなったので、このままじゃ危ないですよね。頼みの綱の社長は、実際はほとんど現場には関わってないし、密な交流もないので話をしにくい。『やっとるか、ワシはよう分からんから、頑張れ、頑張れ』つて感じで、相談すると言っても難しいんですよね」

かなり極端な上司だと思うかもしれない。しかし成果が常に求められる中で、「部下に出し抜かれるかもしれない」「自分よりもいい成果を上げられては立場がない」という恐怖に駆られ、このような行動を起こしてしまった上司の気持は、正直、理解できなくもないのではないか。彼にとっては、たとえ部下であっても、自分より多くの成果を上げるものは敵なのだ。協力して仕事をすることなどできるはずがないのである。組織が縦割り化し、業務が属人化していくことで、新たに組織に入っだ人に業務が割り振られにくい状況があることを分かっていただけただろうか。しかし、仕事とはもらう一方とは限らない。

「仕事を作っていけば?仕事は自分で作っていくもんでしょう。もらえないから仕事できないなんて甘えもいいところだ」と思う方もあるだろう。だが、既存の仕事を分けてもらえないだけでなく、新しい仕事を作りにくい環境というのも、日本企業には存在するのだ。事なかれ主義という言葉を聞いたことがあるだろう。失敗の可能性があったり、または前例のない新しい事業に関して、手を出さないようにする考え方のことだ。あるIT企業で働く小野田太一さん(36歳)の証言を元に、日本企業の中に巣食う事なかれ主義について考えていこう。

2015年5月9日土曜日

バブル期の資産投機処理

二九年の大暴落時における米国の経験を参考にすれば、なぜ九二年に入り株価が二万円を下回っ恕ころから金融システムの安定性に対する懸念が出てきたか、を考える上で示唆的である。おそらくある一定の限界レベルを超えて株価が下落すると、それは単に株価の下落にとどまらなくなり、次のより重大な事態を惹起させることになるためであると想定される。株価が大暴騰をみた後、短期間で六〇%を上回る大暴落をみた場合に、それに付随するデフレ的インパクトに対して、金融システムが耐え切れなくなるのである。

具体的にいえば、株価のいき過ぎた大暴落の背後で、債務デフレ現象が発生してきたことが、金融システムが不安定傾向をみせてくる基本的背景である。極端なことをいえば、株価がいかほどに下落したとしても、債務デフレ現象さえ発生しなげれば、金融不安などは起こりえないのである。だが、九〇年初めから始まった今回のバブル崩壊は株式市場だけにとどまらず、不動産市場や他の資産市場をも巻き込んだ全面的な暴落となった。また、バブル期の資産投機は銀行やノンバンクを通じた借入金でファイナンスされたのであった。このことは、いったん。ハブルが破裂すると、債務デフレ現象を生じさせずには済まなくなる可能性がきわめて高いことを意味する。

この現象は次の三点を特色としている。まず第一は、資産価値の大幅下落に付随する収益率の低下を反映して、借入金の元本返済が困難化するのみならず、利払いも正常に実行することが困難となる投機家が同時多発的となる。こうなると、借り手は一段と借入を増加しなければ、債務のサービスができなくなる。貸し手の金融機関はこうした状況に対して、いつまでも貸出を増加し続けることが許容されなくなる。

第二は、バブルの崩壊で投機家の資産価値が急低下する一方、債務はまったく目減りしないことである。バブル期には資産と負債の両サイドがバランスをとって同時的に拡大する。しかし、資産価値が急低下するときは、負債サイドは減価しないという非対称性、が生じる。そして、資産価値が一段と低下し、ついには資産サイドの時価総額が負債額を下回ることになる。このとき、この負債超過分をその投機家の資本金で補填しえなくなると、実質的にはその投機家は破綻状態に陥る。当然ながら、借り手である投機家の債務超過状態への転落は、貸し手である金融機関にとっては貸出資産が不良化することを意味する。

2015年4月4日土曜日

世代的な団結を強めることの重要性

「体制」と呼ぶべきもので、最も身近な存在は職場である。現代の民主法治国家における革命は、通常、暴力革命ではない。物理的な力を使わずに、既存の制度や組織ルールの中で合法的に実効的な権力を握り、その権力を使って、その制度やルール自体を変えていくゲームである。これは皆さんが日々働いている職場において、何らかの改革、改善を行う場合も同様だ。「正しい」改革案を提示すればそれが通るほど世の中は単純ではないし、甘くもない。正しい答えを導き出す「知性」や「発想力」とともに、それをどうやって実現するかに関わる利害調整力、多数派工作力、権力闘争力が必要になる。この構図は、どんなに上のレペル、大きいレベルの改革においても同様。

むしろレベルが上にいくほど、改革の幅が大きくなって「革命」の域に近づくほど、正しい答えを出す難度よりも、それを実現する政治的な難度のほうが高くなる。だから、まずは身近なところから練習を始めよう。ちなみに「若いぺエぺエの立場で何かできるのか?」と言う人がいるかもしれないが、さにあらず。肩書の軽さを逆利用して、自由に組織内を動き回って改革を推進するゲームプランもありうるし、上司にうまく取り入って「側用人」として虎の威で組織を動かす手もある。もちろん、しばし出世第一で自分か一日でも早く制度上の権力を握ることを考えるのもいいだろう。その気になれば、「ぺエぺエ」の立場で現実「革命」を画策する手はたくさんあるのだ。あれこれやっているうちに、いつの間にか「革命力」がついてくる。

当たり前の話だが、国家的レベルでの運動論になるためには、三〇代以下の世代が、世代的な団結力を強めなくてはならない。いつの時代も神は人間を平等にはつくらない。才能の差異、運不運など、いろいろな理由で、同じ世代でも格差はあるし、相互怨嵯はある。しかしここは大同について、小異はひとまず脇に置こう。本書で議論してきた通り、君たちの世代は、ここ数十年では稀に見る世代としての利害を共有する世代的「階級」なのだ。そのことを同じ世代の中で、もっと語り合い、問題意識を持ってほしい。友人同士、恋人同士、家族同士、職場の仲間同士いろいろな次元でこうしたコミュニケーションを重ねることが、やがて大きな力を持ってくる。

2015年3月5日木曜日

円高後の企業のリストラクチャリング

内需をめぐる国内企業の競争に目を向けてみよう。円高後、日本の市場では、業種の垣根を越えた競争が展開されるようになった。それは、企業の「リストラクチャリング」によってもたらされた。

円高後の相対価格構造、需要構造、産業構造の変化に対応して、企業はそれまでの事業構成を積極的に組み替え始めた。これがいわゆるリストラクチャリングである。こうした動きはほとんど全業種にわだってみられるが、とくに目立ったのは、鉄鋼などの素材型産業であった。

円高の中で、本業分野の将来性に限界が目立ってきたからである。進出分野としてぱ、新素材、バイオテクノロジー、マイクロエレクトロニクス、情報・通信、レジャー関連などが目立っている。リストラクチャリングは「経営の多角化」だともいえるが、それまでの単なる多角化とは次のような点で違いがある。

第一に、従来の多角化が、本業に追加的、派生的な事業を加えようとするものだったのに対して、円高後のリストラクチャリングは、本業そのものを見直そうとしていることだ。鉄鋼業のように、本業そのものの比率を積極的に引き下げることを目標とする例も多い。鉄鋼大手五社(新日鉄、NKK、川崎製鉄、住友金属、神戸製鋼)は、それぞれ非鉄鋼部門の売上げを、多いところでは50%超までもっていくことを目標としているという。いわゆる「脱本業化」である。

第二に、従来の多角化が、基本的には内部資源活用型だったのに対して、近年のリストラクチャリングは、外部資源も積極的に活用しようとしている。戦略的に重要な分野であれば、外部企業との提携、技術の調達、人材の当用をはかる例が増えている。進出分野が多様化し、商品のライフサイクルが短期化するにつれて、企業内で蓄積された人材・技術では対応しきれず、蓄積・養成をはかる時間的余裕がなくなってきたためである。

第三に、従来の多角化が、既存の生産過程から生み出される副産物の商品化が中心であったのに対して、近年のリストラクチャリングは、既存の情報、技術、ノウハウ、顧客、流通などを生かして、幅広い展開をはかるようになっている。

興味深いことに、日本の企業は海外の企業よりも、既存事業の成熟意識が強く、圧倒的にリストラクチャリング指向的である。経済同友会のアンケートによると、日本の企業は、「本業分野が成長期にある」と認識しているのは26.2%、「成熟化している」と考えているのが、70.8%もあるのに対して、アメリカは、成長期にあると考えるのが39.4%、成熟期と考えるのが56.3%となっている。

企業の経営目標でも、「新製品・新事業比率の拡大」をあげた企業が61%であるのに、アメリカは11%である。また、中期的経営戦略の順位付けでも、「多角化戦略」は日本の企業は3位だったが、アメリカは8位である。

日本の企業は、従来の事業基盤が動揺したとき、簡単に経営を譲渡したり、経営規模を縮小したりせず、これまでの従業員をできるだけ活用して企業としての存続をはかろうとする意識が強いからであろう。または、従業員ぐるみで企業としての存続をはかろうとする意識が非常に強いので、既存の事業基盤の将来をかなり慎重に見守っているということでもある。

こうした企業行動によって、「業際化現象」が進行している。これは、業種の垣根が小さくなり、異なった産業に属していた企業同士が競争するようになるという現象である。公正取引委員会の調査によって、主要企業の売上げに本業分野での売上げが占める比率(売上高本業比率)をみると、全業種平均で79年度の86.7%から86年度には80.1%に低下しており、「業際化」の進展を示している。これに子会社を含めると、売上高本業比率は、86年度で62.2%まで低下する。

では、こうした「業際化」が急速に進展してきたのはどうしてだろうか。これには次のような理由がある。まず、「規模の経済性」よりも「範囲の経済性」の追及がさかんに行なわれるようになってきたことを指摘できる。

「範囲の経済性」というのは、複数の生産物を各々別分野の企業で生産したときの総費用よりも、一社が複数の生産物をまとめて生産したときの総費用のほうが低いことをいう。こうしたことが生ずるのは、生産プロセスの中に、いろいろな生産物に利用できる「共通生産要素」が存在するからである。情報、技術、ノウハウなどがそれである。

例えば、情報はいったん入手してしまえば、何回使用しても追加的なコストはかからない。したがって、活用する分野が多ければ多いほど有利となる。これは技術も同じである。経済のソフト化にともない、情報、技術といったソフト化の進行は「業際化」を促すのである。

技術革新の進展も既存の産業の垣根を取り崩す役割を果たす。例えば、電子技術、液晶技術の発達で、従来とはまったく違った技術で時計が作れるようになったため、電機メーカー、計算機メーカーが時計産業に参入するという現象がみられた。

国際競争力の変化などによる産業構造の変化が、既存産業の「成熟化」を促すことも重要な点だ。前述のように、日本の企業は、従業員込みでの企業としての存続成長をはかろうとする傾向が強いから、すでにある経営資源(設備、顧客、技術、人員、土地など)をできるだけ活用して新分野への進出をはかろうとするのである。

以上のような「業際化」を促す諸要因は、いずれも円高によってさらに強まったといえる。円高によって国際競争力は大きく変化し、ソフト化への流れが強まった。新技術も積極的に導入された。そして何よりも、産業構造の変化が進み、輸出依存型の産業、知識・技術集約度の低い素材型の産業では成熟意識が強まった。

円高によって「業際化」のテンポはさらに加速し、それが業種の垣根を越えた競争を一段と活発化させることになったのである。

2015年2月5日木曜日

政治に目を向け始めた無党派層

二〇〇〇年十月十九日の衆院議員任期の満了まで、残された時間はあとわずか。いざ解散・総選挙となった場合、有権者の投票行動の中で最も注目されるのは、近年急増が著しい無党派層の動向と、これに関連した投票率のゆくえだ。

全国規模の選挙には、衆院総選挙、参院通常選挙、統一地方選挙の三種類あるが、九一年以来、その全部について二回ずつ選挙が行われ、投票率(パーセント)は次の通りであった(石川真澄『この国の政治』労働旬報社)。

 九一年統一地方選挙  六〇・五
 九二年参院通常選挙  五〇・七
 九三年衆院総選挙   六七・三
 九五年統一地方選挙  五六・二
 九五年参院通常選挙  四四・五
 九六年衆院総選挙   五九・七

九一年から九六年の五年間は、国際・国内政治の激動期。冷戦の終結にともなって、九一年十二月にソ連が崩壊した。この影響はやがて、日本にも波及。自由・民主両党の合同と左右社会党の統一によって始まった、

戦後の日本政治の原型ともいうべき自民・社会両党が対立する構図の「五五年体制」を瓦解に至らしめた。その結果、非自民の八党派が連立する細川政権が九三年八月に発足して、自民党は結党以来初めて野党に転落しか。

細川政権は「政治改革」を実行したが、細川首相自身が佐川急便スキャンダルにまみれて退陣。後継の羽田孜連立政権もわずか二ヵ月で、自民、社会、さきがけ三党連立の村山富市政権と交代した。

旧社会党出身の村山首相は任期中に、自衛隊を「違憲」から「合憲」と認める右旋回の舵を切る離れ業をやってのけた。内外とも波乱に満ち九五年間となった。

本来なら、こうした国際・国内政治の激動期こそ、政治に対する国民の関心が高まってもよさそうなものだが、実際はその逆で、国民の投票行動の指標ともいうべき投票率は、前半の三つの選挙はいずれも史上最低であった。

さらに後半の三つの選挙は、これらの記録を再び塗り替える新しい史上最低の記録だった。この原因は一体、どこにあるのか?

2015年1月8日木曜日

すべての親が学ぶべき

技術的には、昔は母親の母親が、つまりおばあちゃんが直接教えてくれたものである。しかし今は一緒に住んでいないばかりか、もし一緒に住んでいても、技術進歩のためにやり方が変わってしまっているので、おばあちゃんの知識や技能が役に立だない。教えることがなくなりつつある。しかしもっと大切なのは技術よりも親子の心理的関係についての知識である。子どもの各成長期ごとに、親と子の心理がどのように関係し、いかに変化してゆくか、どんなことに注意したらいいのか、等について、信頼できる教育の機会がないのである。

なるほど大学には教育心理学や児童心理学の講座はあるが、そこで学ぶ人は将来学校の先生や保母さんになる、ごく限られた人たちだけである。実際に父親や母親になる一般の人々は、そういう「専門的」教育を受けないままに、いきなり子どもを育てることになる。たしかに子どもをいかに育てたらいいかという本は出版されている。しかしそういう本を読む人もまた限られている。育児の方法については、依然として「専門的」知識にとどまっている。しかし親子関係の心理や育児の方法は「専門的」知識であってはいけないのである。だれでも必ず学ぶ機会を持てるものでなければならない。ちょうど車を運転する者が必ず自動車教習所に入って、一定の教習を受け、試験にパスしなければならないように、子どもができたら、生まれる前に一定の講習を受けて、子どもを育てる資格を取らなければ子どもが産めない、というくらいにする必要がある。

ここまで言うと、人は笑うかもしれないし、私も本気でそこまでやるべきだとは言わないが、しかしこの喩えには何がしかの真理が含まれていると思う。我々はどこかで子どもの育て方についてきちんと学ぶ機会を持つ必要があるという意味では、それを自動車教習所に喩えることはそうばかばかしいことではないはずである。車の運転は人の命にかかおると言うのなら、育児は子どもと社会の将来を決定するのである。まして現代は地球がひとつの運命共同体となり、一部の動きが人類全体に直接影響を与える時代であるから、于どもの育て方は人類の命にかかおる大仕事であるという自覚をすべての親が持たなければならない。

育児の方法をいつどこで教えるかは、難しい問題である。たとえば全員に教えるという意味では義務教育の間に教えるのがよさそうであるが、しかしあまり早く教えるのは、じっさいの親子関係をかえって破壊する作用をしかねないし、教わる子どものほうも実感が伴わないので、真剣に学ぼうとしない恐れがある。時期としては大学生あたりが適当であろうが、それでは国民全体にというわけにはいかない。もっとも、それ以前に、そういうことを国民全体に一斉に教えること自体について、さっそく反対論が出そうである。そういうことは自発的に学ぼうという意志のある人にだけ教えればよい、と。また教える内容についても、必ずしも確定しているわけでもなく、人によってあるべき育児の方法が異なっているのであるから、なおさら画一的に教えるということには疑問が提出されることであろう。

このように具体的にどのような内容を、どのような方法で教えるかは、たいへん難しい問題であるが、しかし子どもを育てる親が、その方法についてなんらかの形で学ぶ必要があるという点には、大方の人が賛成するのではなかろうか。ひところ親業という言葉がはやり、親業のセミナーが開かれたりしたが、それもこのような必要が感じられた結果であろう。親になるためには、ただ物理的に子どもを産み育てればよいというものではなく、子どもの育て方についてそれなりの教育を受け、準備をする必要があるということが、もっと認識されなければならない。そしてその教育の方法について、しかるべき機関において早急に検討され、実験的にでも実施に向けて動き出すべきである。