2015年6月4日木曜日

事なかれ主義

私が取材した社内失業者でも、ちょうど当てはまる人物がいた。青野洋二さん(30歳)は、IT企業で広告営業(自社のWEB媒体等に掲載する広告の契約を取る営業)として働いている。「私の営業部の課長は、自分以外の誰かが成果を上げたり、社長に好かれたりすると、『あいつ調子乗りやかって』つてことで、不機嫌になつちゃうんですよ。当時は転職してきたばっかりで、もちろんそんなこと知りませんでした」と語る。本来ならば協力して利益を生み出す関係の上司と部下でさえも、嫉妬ややっかみによって足の引っ張り合いになることの典型である。もう少し詳しく、様子を見てみよう。「むしろ最初は、課長も『頑張って一緒に売上を上げよう』なんて言ってたんです。私も、結果を出そう、頑張ろう、つてことで毎日遅くまで残って仕事してたんですよね。

そういうのを社長がたまたま見てたみたいで、『あいつは入ったばっかりなのによく頑張ってる』つていうことをしょっちゅう朝礼なんかで言ってて、僕も嬉しいですから頑張るわけです。あるとき、大口メーカーの広告を一件取ることができたんですけど、そのあたりからどうも、課長の態度が冷たいな、ぐらいには思ってたんですけどね。そんなある日、何人かで飲んだ帰りに駅のホームで二人きりになったときに、いきなり胸ぐらをつかまれたんです。『俺を出し抜きやがって、地獄見せたるぞ!』つて。『社長の期待も背負って、大変だよなお前は。いい気分で酒なんか飲みやかって』とか言うだけ言って、パーツと帰っちゃった。その後も、帰りの電車からメールを送ってくるんですよ。『お前みたいな奴が社長に評価されるなんておかしい』『ありもしない俺の悪口を社長に吹き込んでるだろ』みたいな。

その事件以来、こちらから話をしても全然取り合ってくれなくなっちゃった。話しかけても、まともに返事もしない。『外行ってきます』『え?なに?俺に言ってんの?あっそう』みたいな。『お前みたいに信用できないやつとは話したくもない』つて面と向かって言われましたからね。一応営業ですから、外も回れますし完全に暇、つていうわけじゃないんですが、転職してきたばかりなのにお客さんの引き継ぎもないし、情報も一切回してくれなくなったので、このままじゃ危ないですよね。頼みの綱の社長は、実際はほとんど現場には関わってないし、密な交流もないので話をしにくい。『やっとるか、ワシはよう分からんから、頑張れ、頑張れ』つて感じで、相談すると言っても難しいんですよね」

かなり極端な上司だと思うかもしれない。しかし成果が常に求められる中で、「部下に出し抜かれるかもしれない」「自分よりもいい成果を上げられては立場がない」という恐怖に駆られ、このような行動を起こしてしまった上司の気持は、正直、理解できなくもないのではないか。彼にとっては、たとえ部下であっても、自分より多くの成果を上げるものは敵なのだ。協力して仕事をすることなどできるはずがないのである。組織が縦割り化し、業務が属人化していくことで、新たに組織に入っだ人に業務が割り振られにくい状況があることを分かっていただけただろうか。しかし、仕事とはもらう一方とは限らない。

「仕事を作っていけば?仕事は自分で作っていくもんでしょう。もらえないから仕事できないなんて甘えもいいところだ」と思う方もあるだろう。だが、既存の仕事を分けてもらえないだけでなく、新しい仕事を作りにくい環境というのも、日本企業には存在するのだ。事なかれ主義という言葉を聞いたことがあるだろう。失敗の可能性があったり、または前例のない新しい事業に関して、手を出さないようにする考え方のことだ。あるIT企業で働く小野田太一さん(36歳)の証言を元に、日本企業の中に巣食う事なかれ主義について考えていこう。