2013年11月5日火曜日

日常に溶け込む民族衣装

服装に関しても、発展途上国の多くでは、近代化に伴って民族衣装が脱ぎ捨てられ、洋服、ジーンズ、Tシャツが一般化する中にあって、ブータンは特異である。公式の場での民族衣装着用の義務といった法的措置もあるが、なによりも今でも国民の大半が、男も女も各々「ゴ」および「キラ」という民族衣装がもっとも着やすく落ち着ける衣装だと感じており、それに愛着と誇りを持っている。この点でも、公式行事の折はもちろん、日常生活でもいつもゴを着用している国王は模範的と言える。わたしは第四代国王がくつろいでバスケットボールやゴルフをしたり、国技である弓を射る姿を何度も目にしたが、バスケットボールとゴルフの場合のスニーカーを除いては、いつも鮮やかな伝統的な長靴とすばらしい手織りのゴであった。

これは一種のファッションのモデルであり、国民は無意識的にその服装に憧れる。第四代国王が、一九八九年に昭和天皇の大喪の礼参列のために初来日した折、ブータンの民族衣装ゴを着用したその端正な姿に多くの日本人が感銘を受けたことは記憶に新しい。民族衣装の着用という点では、第四代国王の王妃四人姉妹に関しても同じことが言える。かのじょたちはいつもキラを着ており、それがブータン人女性のファッションをリードしている。よほどの特別な行事とか儀式の時以外は、いつも洋装の日本の皇室とは実に対照的である。

いずれにせよ、ブータン人はかたくなに伝統的な衣装を着用するというのではなく、近代的な生活様式に合わせて、新しい意匠も考案されつつある。例えば女性の衣装であるキラは本来一枚布であったが、現在ではブラウスとスカートのように上下二点に分かれたハーフーキラもあり、より活動的で着やすくなったとのことである。生地に関しても、伝統的にはすべて木綿、ウール、絹の手織りであったが、伝統的デザインは守りつつ、今では化学繊維の機械織りが日常生活で着用されるゴ、キラの主流になっている。それでも高度な技術の洗練された手織りの伝統は現在でも健在で、新しい色の組み合わせ、模様も考案されつつある。手織りものこそは、その技術の高さ、種類の豊富さからしてブータンが世界的に誇れる民族工芸・産業であり、国としてもその維持・発展に努めている。

ブータンを訪れる外国人の目を最初に奪うものは、山腹に点在し、自然の風景と調和し、その中に溶け込み、その一部となっている民家であろう。ブータンの伝統的特徴は、農家は一軒一軒がかなり離れて建っており、集落がないことである。現在では、全国二〇のゾンカク(県)のうち、一九の県庁所在地などは、ちょっとした町となっているが、人口一〇万人ほどの首都ティンプですら、日本の規模でいえば地方の小都市の足下にも及ばない。数階建ての鉄筋コンクリート構造のかなり大きなビルも建ち始めているが、それでも伝統的建築意匠、様式が守られている。

農村部では、新しく建てられる家も、石、上、木で作る伝統的なものが圧倒的に主流を占めている。その一つの理由は、自分が住む家を建てる場合、近くの森から必要な木材を伐採する権利が今でも認められていることである。もちろん国の森林局からの許可と、伐採料を支払う必要はあるが、それでもこの措置により建築費は極めて安くなる。さらに、地方では伝統的な工法を身につけた大工、石工が今でも健在であり、かれらに頼んだ方が近代的建築技法で建てるよりも安くあがるという経済的なメリットもある。そして、この面でも、政府は間接的に大きな役割を果たしている。それは、国家予算によるゾンとか僧院の大規模な修復、改装工事である。