一九九八年四月、アメリカの株価はついに九〇〇〇ドルを超えた。九八年第1四半期のGDP成長率(年換算)は四・二%を記録し、失業率は四・三%(九八年四月)という「驚くべき低水準」(『アジアーウォールーストリートージャーナル』5月11日付)となった(九〇年代における失業率のピークは九二年の七・五%)。物価の安定をけじめ、アメリカ経済の好調ぶりを伝えるデータは数多く、それらを根拠に、アメリカ経済は景気循環と無縁という強気の「ニュー・エコノミー」論が台頭している。しかしながら、一方で、バブル崩壊を危ぶむ不安も、拭いがたく囁かれている。
考えてみれば、アメリカ経済の経常収支赤字(九六年一三四九億ドル、九七年一五五二億ドルという大赤字)は累積し、世界最大の債務国という性格は依然として続いている。にもかかわらず、基軸通貨国という「特権」によって、アメリカは、アジアの債務国が強いられる調整策から免れ、景気拡大を謳歌している。
その上うなアメリカ経済とは対照的に、デフレ不況の性格を強める日本は、内需不足と外需依存に起因する経常黒字を、アメリカに資本還流させ、アメリカの貯蓄不足を支える立場を余儀なくされ続けている。二一○○兆円を超す膨大な日本人の貯蓄が、アメリカの低貯蓄率だけではまかなえないアメリカの巨大な資金需要に惹きつけられている。先に述べたように、九七年に高まった日本の信用不安によって、ますます日本の資金はアメリカの赤字を支える傾向を強めている。
世界最大の債権国(日本)が不況に呻吟し、世界最大の債務国(アメリカ)が加熱気味の好況を謳歌するという奇妙な関係はこれからも続くのだろうか。しかも、不況で過剰気味の日本資金が、好景気を謳歌するアメリカの金融資産を買い支えている。その中心にアメリカの好調な株価があるわけだが、ダウが九〇〇〇ドルを突破した辺りから、「不安説」も繰り返されている。市場心理として、加熱感が不安を加速させれば、未曾有の暴落が襲ってくる懸念も否定できない。この不安は的中し、九八年八月末には史上第二位の下げ幅を記録した。
今後の行方を占う一つの鍵は、株価高騰を支えてきたミューチュアルーファンド(株式型、債券中心型、それに短期金融商品型の三種を主とする投資信託)の帰趨にかかっていると言っても過言ではない。換言すれば、アメリカ社会におけるミューチュアルーファンドの中核的担い手である中産階層の貯蓄・消費事情に依存することになる。そしてそれは、後述のごとく、つきつめていけば、アメリカレードリームの浮沈如何と大きく関わってくることになるのである。
2015年10月5日月曜日
2015年9月4日金曜日
集団的自衛権の不行使、武力行使の否定
第九条は、侵略戦争が自衛や制裁の名のもとに行われてきたという歴史的反省に立って、あらゆる正当化を排除する原理を宣言した条文だったとも言える。そこから派生してきた概念が、個別的自衛権の限定であり、集団的自衛権の不行使、武力行使の否定という諸制限だった。第二期の軍拡時代に、その制限は次第に緩和される方向にむかったが、冷戦後の第三期において、その流れをさらに緩和する必然性はまったくないだろう。それと同時に、憲法前文、第九条の趣旨に照らせば、軍縮を指向する姿勢こそが、戦後の日本の出発点であり、使命であったことを忘れてはならないだろう。これでは「普通の国」と言えるだろうか、という疑問は出てくるかもしれない。確かに、軍事力を自明の権利として主張しない点では「普通」とは言えないだろう。
だがそのことが、独立国の尊厳を否定するわけではもちろんない。軍事大国の可能性を絶って、新たな平和理念を確立することを、使命として一度は引き受けた国が、冷戦後の不安定な情勢でどう初心を貫いて生きていくのか。憲法第九条をめぐる議論で、一点だけ醒めた目で見続けなくてはいけないのは、そこにしかないように思われる。しかし、過去において、この三原則には序列があったと思われる。それは、まず米国を中心とする「自由主義諸国との協調」が優先され、それに反しなければ「国連」の動向に従い、最後にこれらの原則と両立することを前提に「アジアの一員」としての立場を堅持する、という順位だ。これは例えば、中国の代表権をめぐる国民政府支持の立場を取って表れ、カンボジア内戦を通して日本が取った政策にも通じている。
だがそのことが、独立国の尊厳を否定するわけではもちろんない。軍事大国の可能性を絶って、新たな平和理念を確立することを、使命として一度は引き受けた国が、冷戦後の不安定な情勢でどう初心を貫いて生きていくのか。憲法第九条をめぐる議論で、一点だけ醒めた目で見続けなくてはいけないのは、そこにしかないように思われる。しかし、過去において、この三原則には序列があったと思われる。それは、まず米国を中心とする「自由主義諸国との協調」が優先され、それに反しなければ「国連」の動向に従い、最後にこれらの原則と両立することを前提に「アジアの一員」としての立場を堅持する、という順位だ。これは例えば、中国の代表権をめぐる国民政府支持の立場を取って表れ、カンボジア内戦を通して日本が取った政策にも通じている。
2015年8月5日水曜日
アリの通貨とキリギリスの通貨に分裂する
ユーロ現状維持のもう一つの条件は、各国の政府が持っている権限のかなりの部分をEUが奪うことだ。今のように中央の持つ権力が中途半端のままでは、ヨーロッパ全体をまとめていくことは困難である。ユーロが今後長い期間にわたって基軸通貨として世界中からの信任を集めていくためには、全体を統括する中央集権的政府があって、それがその通貨を支える仕組みになっていくことが必要となる。一言でいうと「EUがアメリカ合衆国のようになる」ということだ。
しかしこれには各国の抵抗が大きい。特にドイツやフランスのような国が、そうやすやすと広範な分野(財政、外交、法律など)で自国の権力を手放すとは思えない。それに、それは今までヨーロッパ各国が長年守ってきた歴史、文化、宗教などの伝統を失うことにつながる行為でもある。「真の意味でのヨーロッパ統一」というのは言うは易く行うは難い、ということの典型だ。そしてこれが、現在の金融危機の遠因でもある。ここのところがクリアできないと、統一通貨ユーロが名実ともに長きにわたって世界の基軸通貨として活躍し続けることはできないと思われる。
次に、統一通貨を維持することができず、ユーロが二つに分裂する、という可能性が考えられる。ドイツを中心とする比較的健全な国々と、ギリシャなどの弱い周辺国とで別々の通貨を使うようになる、ということである。これには二つの方向性が考えられる。一つは、ドイツを中心とする「アリ」の国々が「強者連合」を作るということだ。ドイツやそれに準ずる強国が「もう弱い国を助けるのはまっぴらだ」あるいは「インフレとなるリスクの芽を摘もう」ということで、新しい通貨(例えば新ドイツーマルク)を発行する。すると、そこに入れなかった国は対抗して「弱者連合」の通貨(例えば新ユーロ)を作るというシナリオだ。
もう一つは、それとは逆方向の動きで、ギリシャやスペインなどの国々がまずユーロから離脱する。理由としては、ユーロの使用に厳しい基準(財政赤字の制限など)が設定されてそれに合致できない、といったことが考えられる。そしてそれらの国々が一緒になって新しい通貨(例えば新ユーロ)を作る。一方で、ドイツを中心にするグループが現在のユーロを継続する、ということだ。いずれの場合も、強者連合(アリ)の通貨は安定性を持つものになるであろうが、弱者連合(キリギリス)の通貨は外国為替市場でかなり安く評価されるようになる可能性が強い。
キリギリスにとっては今までせっかくドイツと同じグループに入って信用力が増したのに、それを失うことは損失という面もあるが、「通貨が安くなるので輸出に有利になる」というプラス面も生まれる。私はこのシナリオがベストだと思う。きれいに「アリの通貨」「キリギリスの通貨」というふうに分かれるかどうかは別にして、アリとキリギリスが異なる通貨を使うようにすることは、中長期的に見た場合に必要なことだろう。逆に言うと、彼らが同じ通貨を使っていくと、いずれ今回のような問題が再発する恐れが高いということだ。
しかしこれには各国の抵抗が大きい。特にドイツやフランスのような国が、そうやすやすと広範な分野(財政、外交、法律など)で自国の権力を手放すとは思えない。それに、それは今までヨーロッパ各国が長年守ってきた歴史、文化、宗教などの伝統を失うことにつながる行為でもある。「真の意味でのヨーロッパ統一」というのは言うは易く行うは難い、ということの典型だ。そしてこれが、現在の金融危機の遠因でもある。ここのところがクリアできないと、統一通貨ユーロが名実ともに長きにわたって世界の基軸通貨として活躍し続けることはできないと思われる。
次に、統一通貨を維持することができず、ユーロが二つに分裂する、という可能性が考えられる。ドイツを中心とする比較的健全な国々と、ギリシャなどの弱い周辺国とで別々の通貨を使うようになる、ということである。これには二つの方向性が考えられる。一つは、ドイツを中心とする「アリ」の国々が「強者連合」を作るということだ。ドイツやそれに準ずる強国が「もう弱い国を助けるのはまっぴらだ」あるいは「インフレとなるリスクの芽を摘もう」ということで、新しい通貨(例えば新ドイツーマルク)を発行する。すると、そこに入れなかった国は対抗して「弱者連合」の通貨(例えば新ユーロ)を作るというシナリオだ。
もう一つは、それとは逆方向の動きで、ギリシャやスペインなどの国々がまずユーロから離脱する。理由としては、ユーロの使用に厳しい基準(財政赤字の制限など)が設定されてそれに合致できない、といったことが考えられる。そしてそれらの国々が一緒になって新しい通貨(例えば新ユーロ)を作る。一方で、ドイツを中心にするグループが現在のユーロを継続する、ということだ。いずれの場合も、強者連合(アリ)の通貨は安定性を持つものになるであろうが、弱者連合(キリギリス)の通貨は外国為替市場でかなり安く評価されるようになる可能性が強い。
キリギリスにとっては今までせっかくドイツと同じグループに入って信用力が増したのに、それを失うことは損失という面もあるが、「通貨が安くなるので輸出に有利になる」というプラス面も生まれる。私はこのシナリオがベストだと思う。きれいに「アリの通貨」「キリギリスの通貨」というふうに分かれるかどうかは別にして、アリとキリギリスが異なる通貨を使うようにすることは、中長期的に見た場合に必要なことだろう。逆に言うと、彼らが同じ通貨を使っていくと、いずれ今回のような問題が再発する恐れが高いということだ。
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