東義二さんは、告訴に踏みきった。彼とおなじように組合への反対を表明し、やはりおなじようにつるしあげをうけていた、四九歳の小宮高樹さんもそれにくわわった。東さんは、鹿児島県の奄美大島出身で、工業高校卒業と同時に入社した。地方の高校から、一流企業にはいれたとはいうものの、職場では労働組合か率先して合理化に協力し、それに批判的な意見を表明した同僚が昇給、昇進の道をとざされるのをみて、しだいに疑問を感じるようになっていた。
一九七七年春、やはり賃闘のとき、賃上げ額が低すぎるとして組合方針に反対した彼は、翌週から夜勤業務からはずされる仕打ちを受けた。自動車労働者にとって、夜勤、昼勤と一週間ごとに繰り返される勤務形態は、睡眠不足と胃腸障害をもたらすものであるとはいえ、それによって辛つじて当たりまえの生活ができるようになっているのである。三万円ほどの減収となって、東さんは職制にたいして、夜勤の継続を要請した。「組合に反対すれば、夜勤がとり消されるのはあたりまえだ」職制は平然と答えた。
日産ばかりではなく、トヨタ自工でもそうなのだが、組合に反対すれば職制に怒られ、会社を批判すれば組合役員に怒られる、という状態が日常化している。つまり、自動車工場では、職制と組合役員は同一人格なのである。怒られるばかりでなく、昇進に影響し、昇給と一時金の査定にたちどころにはね返る。このシステムによって、職場では物言えぬ情況が蔓延する。
しかし、トヨタでは、わたしの知っているかぎりでは、リンチ事件は発生していない。かつて、トヨタ系の日野自工で、会社批判のビラをまいた労働者かリンチを受け、解雇された例(藤川事件)があるが、トヨタ本社には、労働者は完全に制圧した、とする自信があるようである。トヨタには、職業病闘争をすすめている少数派が存在しているが、リンチ事件は発生していない。そこに、豊田自動織機の子会社として農村部に立地し、余剰労働力としての二、三男を吸収して成長してきたトヨタの歴史と、プリンス自動車などを併合して膨張してきた金融資本としての日産コンツェルンとの体質のちがいがあるようにわたしには思える。
いわば純血種のトヨタの自信と、都会にあって雑多な労働者を統合しなければならない日産の不安との差でもあるようなのだ。日産での暴力行為は、六六年八月の日産のプリンス自工の吸収合併のあと労組を完全に統合することに失敗し、反対派としての全金プリンス支部の独立を許してしまって以来の、伝統ともいうべきものである。このとき、全金プリンスの拠点となった村山工場では、川口工場とまったくおなじような集団つるしあげが続発していた。
2015年7月4日土曜日
2015年6月4日木曜日
事なかれ主義
私が取材した社内失業者でも、ちょうど当てはまる人物がいた。青野洋二さん(30歳)は、IT企業で広告営業(自社のWEB媒体等に掲載する広告の契約を取る営業)として働いている。「私の営業部の課長は、自分以外の誰かが成果を上げたり、社長に好かれたりすると、『あいつ調子乗りやかって』つてことで、不機嫌になつちゃうんですよ。当時は転職してきたばっかりで、もちろんそんなこと知りませんでした」と語る。本来ならば協力して利益を生み出す関係の上司と部下でさえも、嫉妬ややっかみによって足の引っ張り合いになることの典型である。もう少し詳しく、様子を見てみよう。「むしろ最初は、課長も『頑張って一緒に売上を上げよう』なんて言ってたんです。私も、結果を出そう、頑張ろう、つてことで毎日遅くまで残って仕事してたんですよね。
そういうのを社長がたまたま見てたみたいで、『あいつは入ったばっかりなのによく頑張ってる』つていうことをしょっちゅう朝礼なんかで言ってて、僕も嬉しいですから頑張るわけです。あるとき、大口メーカーの広告を一件取ることができたんですけど、そのあたりからどうも、課長の態度が冷たいな、ぐらいには思ってたんですけどね。そんなある日、何人かで飲んだ帰りに駅のホームで二人きりになったときに、いきなり胸ぐらをつかまれたんです。『俺を出し抜きやがって、地獄見せたるぞ!』つて。『社長の期待も背負って、大変だよなお前は。いい気分で酒なんか飲みやかって』とか言うだけ言って、パーツと帰っちゃった。その後も、帰りの電車からメールを送ってくるんですよ。『お前みたいな奴が社長に評価されるなんておかしい』『ありもしない俺の悪口を社長に吹き込んでるだろ』みたいな。
その事件以来、こちらから話をしても全然取り合ってくれなくなっちゃった。話しかけても、まともに返事もしない。『外行ってきます』『え?なに?俺に言ってんの?あっそう』みたいな。『お前みたいに信用できないやつとは話したくもない』つて面と向かって言われましたからね。一応営業ですから、外も回れますし完全に暇、つていうわけじゃないんですが、転職してきたばかりなのにお客さんの引き継ぎもないし、情報も一切回してくれなくなったので、このままじゃ危ないですよね。頼みの綱の社長は、実際はほとんど現場には関わってないし、密な交流もないので話をしにくい。『やっとるか、ワシはよう分からんから、頑張れ、頑張れ』つて感じで、相談すると言っても難しいんですよね」
かなり極端な上司だと思うかもしれない。しかし成果が常に求められる中で、「部下に出し抜かれるかもしれない」「自分よりもいい成果を上げられては立場がない」という恐怖に駆られ、このような行動を起こしてしまった上司の気持は、正直、理解できなくもないのではないか。彼にとっては、たとえ部下であっても、自分より多くの成果を上げるものは敵なのだ。協力して仕事をすることなどできるはずがないのである。組織が縦割り化し、業務が属人化していくことで、新たに組織に入っだ人に業務が割り振られにくい状況があることを分かっていただけただろうか。しかし、仕事とはもらう一方とは限らない。
「仕事を作っていけば?仕事は自分で作っていくもんでしょう。もらえないから仕事できないなんて甘えもいいところだ」と思う方もあるだろう。だが、既存の仕事を分けてもらえないだけでなく、新しい仕事を作りにくい環境というのも、日本企業には存在するのだ。事なかれ主義という言葉を聞いたことがあるだろう。失敗の可能性があったり、または前例のない新しい事業に関して、手を出さないようにする考え方のことだ。あるIT企業で働く小野田太一さん(36歳)の証言を元に、日本企業の中に巣食う事なかれ主義について考えていこう。
そういうのを社長がたまたま見てたみたいで、『あいつは入ったばっかりなのによく頑張ってる』つていうことをしょっちゅう朝礼なんかで言ってて、僕も嬉しいですから頑張るわけです。あるとき、大口メーカーの広告を一件取ることができたんですけど、そのあたりからどうも、課長の態度が冷たいな、ぐらいには思ってたんですけどね。そんなある日、何人かで飲んだ帰りに駅のホームで二人きりになったときに、いきなり胸ぐらをつかまれたんです。『俺を出し抜きやがって、地獄見せたるぞ!』つて。『社長の期待も背負って、大変だよなお前は。いい気分で酒なんか飲みやかって』とか言うだけ言って、パーツと帰っちゃった。その後も、帰りの電車からメールを送ってくるんですよ。『お前みたいな奴が社長に評価されるなんておかしい』『ありもしない俺の悪口を社長に吹き込んでるだろ』みたいな。
その事件以来、こちらから話をしても全然取り合ってくれなくなっちゃった。話しかけても、まともに返事もしない。『外行ってきます』『え?なに?俺に言ってんの?あっそう』みたいな。『お前みたいに信用できないやつとは話したくもない』つて面と向かって言われましたからね。一応営業ですから、外も回れますし完全に暇、つていうわけじゃないんですが、転職してきたばかりなのにお客さんの引き継ぎもないし、情報も一切回してくれなくなったので、このままじゃ危ないですよね。頼みの綱の社長は、実際はほとんど現場には関わってないし、密な交流もないので話をしにくい。『やっとるか、ワシはよう分からんから、頑張れ、頑張れ』つて感じで、相談すると言っても難しいんですよね」
かなり極端な上司だと思うかもしれない。しかし成果が常に求められる中で、「部下に出し抜かれるかもしれない」「自分よりもいい成果を上げられては立場がない」という恐怖に駆られ、このような行動を起こしてしまった上司の気持は、正直、理解できなくもないのではないか。彼にとっては、たとえ部下であっても、自分より多くの成果を上げるものは敵なのだ。協力して仕事をすることなどできるはずがないのである。組織が縦割り化し、業務が属人化していくことで、新たに組織に入っだ人に業務が割り振られにくい状況があることを分かっていただけただろうか。しかし、仕事とはもらう一方とは限らない。
「仕事を作っていけば?仕事は自分で作っていくもんでしょう。もらえないから仕事できないなんて甘えもいいところだ」と思う方もあるだろう。だが、既存の仕事を分けてもらえないだけでなく、新しい仕事を作りにくい環境というのも、日本企業には存在するのだ。事なかれ主義という言葉を聞いたことがあるだろう。失敗の可能性があったり、または前例のない新しい事業に関して、手を出さないようにする考え方のことだ。あるIT企業で働く小野田太一さん(36歳)の証言を元に、日本企業の中に巣食う事なかれ主義について考えていこう。
2015年5月9日土曜日
バブル期の資産投機処理
二九年の大暴落時における米国の経験を参考にすれば、なぜ九二年に入り株価が二万円を下回っ恕ころから金融システムの安定性に対する懸念が出てきたか、を考える上で示唆的である。おそらくある一定の限界レベルを超えて株価が下落すると、それは単に株価の下落にとどまらなくなり、次のより重大な事態を惹起させることになるためであると想定される。株価が大暴騰をみた後、短期間で六〇%を上回る大暴落をみた場合に、それに付随するデフレ的インパクトに対して、金融システムが耐え切れなくなるのである。
具体的にいえば、株価のいき過ぎた大暴落の背後で、債務デフレ現象が発生してきたことが、金融システムが不安定傾向をみせてくる基本的背景である。極端なことをいえば、株価がいかほどに下落したとしても、債務デフレ現象さえ発生しなげれば、金融不安などは起こりえないのである。だが、九〇年初めから始まった今回のバブル崩壊は株式市場だけにとどまらず、不動産市場や他の資産市場をも巻き込んだ全面的な暴落となった。また、バブル期の資産投機は銀行やノンバンクを通じた借入金でファイナンスされたのであった。このことは、いったん。ハブルが破裂すると、債務デフレ現象を生じさせずには済まなくなる可能性がきわめて高いことを意味する。
この現象は次の三点を特色としている。まず第一は、資産価値の大幅下落に付随する収益率の低下を反映して、借入金の元本返済が困難化するのみならず、利払いも正常に実行することが困難となる投機家が同時多発的となる。こうなると、借り手は一段と借入を増加しなければ、債務のサービスができなくなる。貸し手の金融機関はこうした状況に対して、いつまでも貸出を増加し続けることが許容されなくなる。
第二は、バブルの崩壊で投機家の資産価値が急低下する一方、債務はまったく目減りしないことである。バブル期には資産と負債の両サイドがバランスをとって同時的に拡大する。しかし、資産価値が急低下するときは、負債サイドは減価しないという非対称性、が生じる。そして、資産価値が一段と低下し、ついには資産サイドの時価総額が負債額を下回ることになる。このとき、この負債超過分をその投機家の資本金で補填しえなくなると、実質的にはその投機家は破綻状態に陥る。当然ながら、借り手である投機家の債務超過状態への転落は、貸し手である金融機関にとっては貸出資産が不良化することを意味する。
具体的にいえば、株価のいき過ぎた大暴落の背後で、債務デフレ現象が発生してきたことが、金融システムが不安定傾向をみせてくる基本的背景である。極端なことをいえば、株価がいかほどに下落したとしても、債務デフレ現象さえ発生しなげれば、金融不安などは起こりえないのである。だが、九〇年初めから始まった今回のバブル崩壊は株式市場だけにとどまらず、不動産市場や他の資産市場をも巻き込んだ全面的な暴落となった。また、バブル期の資産投機は銀行やノンバンクを通じた借入金でファイナンスされたのであった。このことは、いったん。ハブルが破裂すると、債務デフレ現象を生じさせずには済まなくなる可能性がきわめて高いことを意味する。
この現象は次の三点を特色としている。まず第一は、資産価値の大幅下落に付随する収益率の低下を反映して、借入金の元本返済が困難化するのみならず、利払いも正常に実行することが困難となる投機家が同時多発的となる。こうなると、借り手は一段と借入を増加しなければ、債務のサービスができなくなる。貸し手の金融機関はこうした状況に対して、いつまでも貸出を増加し続けることが許容されなくなる。
第二は、バブルの崩壊で投機家の資産価値が急低下する一方、債務はまったく目減りしないことである。バブル期には資産と負債の両サイドがバランスをとって同時的に拡大する。しかし、資産価値が急低下するときは、負債サイドは減価しないという非対称性、が生じる。そして、資産価値が一段と低下し、ついには資産サイドの時価総額が負債額を下回ることになる。このとき、この負債超過分をその投機家の資本金で補填しえなくなると、実質的にはその投機家は破綻状態に陥る。当然ながら、借り手である投機家の債務超過状態への転落は、貸し手である金融機関にとっては貸出資産が不良化することを意味する。
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